アイアムマザー I am Mother

I am Mother 2019年
I am Motherは2019年Netflix公開の科学スリラー映画。舞台は人類消滅後の地球。主人公は人工知能ロボットに育てられた少女。ロボットは長い年月、献身的に少女を育てる。そこには何も悪は存在しないように見える。少女は、医学的知識を教育されているようだ。また今では施設の故障を修理できるまでになっている。閉鎖された空間だが、人工太陽のような光も入る。ロボットである母を少女は信頼している。しかしある日、施設の外への興味を抑えられなくなった少女は外部につながる入口に近づく。すると助けを求める女性の声が聞こえる。絶滅されたはずの人類がなぜ外にいるのか。外は放射能で汚染されているのではなかったか。少女は、母であるロボットから教わったことに疑問が少しずつ生まれるのであった。


映画は多くの謎を残して終わる。人工知能と、人類の絶滅はどう関係しているのか。絶滅の話と、外の荒涼たる世界の外に広がる穀物畑、鉱山や人の存在の食い違いは何を意味するのか。人工知能である母はどこまでのことを知っている存在なのか。そもそもこの母は善なる少女を守る存在なのか。少女と赤ちゃんの男の子とはこのあとどうなってゆくのか。・・・というように疑問を残し、続編が楽しみになる。事実、続編は製作中とされている。


    Across the Universe Contact Doctor House   Dreamgirls 

   La La Land Lucy

 

絶滅 Extinction

 Extinction 2018年

主人公は技術者だが、自分や家族が襲われる悪夢にとりつかれてる。奥さんは主人公より出世しているようだが、主人公の精神状態を気にしている。二人には女の子が二人いる。奥さんの誕生パーティーの夜、突然、空には無数の飛行物体が現われ、街の破壊と殺戮が始まる。主人公の家族は逃避行を始めるが、その途中で奥さんが負傷する。そして、思いもかけないことが明らかになってゆく。



extinction は絶滅、消滅といった意味。この映画はもともとコロンビア映画が劇場公開を目指して制作。しかしNetflixがそれを購入して配信した(Extinction Wikipedia)。人工知能と人類との関係について、両者の対立を描いた映画は多い。この映画は人が絶滅し、人工知能が家族と社会を持つ、未来の地球を描いている。人工知能(AI, synthetics)たちは人間のように、家族、仕事、家族、仕事という生活を繰り返し行っている。なお邦題は『エクスティンクション 地球奪還』である。センスの悪さに仰天したので、この邦題は無視することにした。
なおSurrogates (2009)が描く未来像とにている。



   Across the Universe Contact Doctor House   Dreamgirls 

   La La Land Lucy





アクロス・ザ・ユニバース Across the Universe

 Across the Universe (2007)
女性監督のJulie Taymor (1952-)によるミュージカル映画。全編にわたりビートルーズの音楽を入れている。その歌詞を生かす形で脚本が書かれている。やはり女性監督のJessie Nelson監督のi am sam(2001)も全篇、ビートルーズナンバーだった。
この映画Across the Universeの興行成績は悪かった。またアメリカの一部の映画批評家からは酷評されている。正直少し難解なところや、概念的に作っているところを感じる。しかしこの映画をすごく高く評価する人もいる。評価が分かれている映画である。

My best film, The Coversation, Nov.2, 2020
BBC review on Across the Universe


最初、主人公Judeの発音が聞き取れなかった。そうかこれがリバプール訛りなんだと少し経って納得した。リバプールの造船所に勤めている青年Judeが父を捜してアメリカに旅立つところからお話は始まる。

Judeは造船所の労働者。煉瓦造りの工場、一見してそれと分かる労働者住宅。

続く場面はプリンストン大学のキャンパス。そこでJudeは用務員として働く父との再会を果たす。父親は第二次大戦中に米軍兵としてリバプールに駐屯。しかし帰国後生まれたJudeのことは知らないまま過ごしていた。再会を果たした夜Judeは学内でいたずらをしていた青年たちを助ける。そこでJudeは青年Maxと知り合う。その後Maxは自宅にJudeを招待する。そこで出会うのがMaxの妹のLucyである。

Maxの家庭の描写はいかにも裕福な家庭を思わせる。感謝祭の食卓を囲んで大学を辞めて放浪したいというMaxに苦学して成功した父親が問う。何をするか(職業)が問題だと。意見を問われたJudeは、大事なことは職業に取り組む姿勢ではないかと答えている。

時代背景はベトナム戦争の最中。青年たちには徴兵の恐怖がある。黒人の暴動など社会は不穏。そうした中でMaxはJudeを連れてニューヨークに移り新天地を求めようとする。Maxたちは長距離バスでニューヨークに乗り込んでゆく。

残されたLucyのもとに恋人がベトナムで戦死したことが伝わる。加えて大学を辞めたMaxには徴集令状が届いてしまう。Lucyは令状を胸にニューヨークに向かうのであった。

この映画は、ベトナム戦争(米国=米軍は1964年7月末に起きたトンキン湾事件=米駆逐艦が、北ベトナムの魚雷艇により攻撃を受けた事件を口実に、北爆を行うなどベトナム戦争への介入を本格化した。しかし1971年6月にニューヨークタイムズは入手したペンタゴンパーパーの内容の報道を始め、トンキン湾事件が米軍によって意図的に起こされたことなど経緯を明らかにし、開戦の口実が作られたものであることを明らかにした。またニクソンは1973年1月とベトナムと和平協定を結び、ベトナム戦争を終結させるが、機密漏洩に神経質になっていたニクソン政権は、1972年6月、民主党本部へのCIAによる盗聴露呈=ウオーターゲート事件を引きおこす。ワシントンポストの一連の報道は最終的に1974年8月、ニクソンの任期途中の辞任をもたらした。)だけでなく、映画制作時に進行中だったイラク戦争(2003年3月に開始されたイラク戦争はイラクが大量破壊兵器を保有しているとの米国の主張が理由だった。しかし占領後、調査しても大量破壊兵器は見つからず、イラク戦争を開始してフセイン政権を倒したことの正当性に疑問符ついている。フセイン政権が、強圧的な政権で政敵を弾圧したことは事実だが、そうだとしても米国が戦端を開いたことの疑問は残っている。2011年12月、イラク戦争は最終的にイラクからのアメリカ軍の完全撤退で終了することになった。)への批判が含まれていることは明らかだと考える。こうした姿勢にアメリカでは反発する人も多いのではないか。
 加えて映画という特性を生かした意表を突く画面作りが次々に展開する(カラーを反転させたり同じ画面に複数の異なる映像を加えたり)。それだけにこの映画の好き嫌いは別れるかもしれない。好き嫌いがでるのは後段の幻想的映像の連続だろう。メルヘン的な部分はYellow Submarine(1968)を思い出した。カットごとに意匠を大胆に変えている。そのエネルギーだけでも驚嘆すべき作品だということはいえる。








Across the Universe trailer HD

The Beatles (1960-1970)
John Lennon (1940-1980)
give peace a chance (1969)

   La La Land Lucy

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Profile of Masaki Ina

稲正樹(いな まさき)  稲正樹 wikipedia 1949年生まれ 1973年北海道大学法学部卒 1977年北海道大学大学院法学研究科中退 1994年に北海道大学にて博士号授与。法学博士。 インド憲法の研究:アジア比較憲法論序説 北海道大学博士(法学)乙第4443号 1994...

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